2004.10.11

嘘、欺瞞、ハリネズミ。

女の子に告白されました、長い付き合いの女の子に。ああ、恋の告白とかそんなんじゃないです。

「あたし、謝らないといけないことがあります。あたし、鬱病で、病院に通ってるんです。」、と。

わたしは「なんで謝られるんだろう」と思いつつも、彼女の話を聞く事にして、手首を切ってる事も聞いて、傷を見て、涙を流したりしました。悲しみが溢れてしまったか、それよりも別の感情なのか、つまりは自分でもよく分かっていません。

わたしは彼女と長い付き合いで、わたしが学生の頃に初めて会って、それから月に数回、継続して会っては、ご飯を食べたり、ドライブしたりしていました。そういう中で彼女が腕の傷を巧みに隠している事にずっと気づきませんでした。

わたしは彼女にずっと気づかなかった事を後悔していると言い、君がそういう状況から抜け出したいのであって、出来る事があるなら、なんでも手伝うと言ったりして、彼女と別れました。


1人で家に帰る道でわたしは考えていました。「僕は嘘を言った」と。

彼女が鬱なのは前々から気づいていた事で、彼女が袋小路にならないように気づいた時に外に連れ出して、気を紛らわせているつもりでした。でも、自傷行為は分からなかった。じゃあ、それは無意味だったのか、と。そう考えると、自分の浅知恵が情けなくなってきたりしていました。酒を飲みました。

これから、わたしは彼女に対して何が出来るのか。彼女が彼女のその状況を問題としている限り、そして、その解決にわたしが介入できる状態である限り、なんとかしてあげたい。

その想いはおこがましいのか。

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2004.09.20

自傷という行為について。

一般的に『リストカット』と言われる自傷行為があります。わたしはした事がありませんが、周りには何人かした事のある人がいて、最近も続いている人がいます。わたしは彼女に止めて欲しいと思っているのですが、わたしが能動的に働いたとしてもあまり効果がないという事を知っています。「あまり効果が無いからと言って何もしないのは冷たいじゃないか」と思う人もいるかもしれませんが、わたしは彼女が自分自身でなんとかその問題を解決出来るのではないかという可能性を信じています。「可能性を信じる」なんて、言い訳に聞こえてしまいますか。わたしはそうは思いません。自分自身の問題は自分が解決したいと思うのであれば、自分で解決出来る事が望ましいからです。自分で解決出来ないと思った時に他人を頼ればいいわけで、他人が勝手に介入すべきではないと思うのがわたしの考えです。

わたしの他の友達でもう止めてしまった女の子は、後ろの首に深い傷があります。普段は髪の毛をぼさぼさにしてその傷を隠しています。彼女は、ある日、いつものように首を傷つけていると大量に血が出てしまったようです。その血の池の中で死を意識したようですが、その瞬間、死にたくないと強く思って手当てしたらしいです。それ以来、自傷行為を止めたという事です。彼女はその傷跡を触りながらこう言います。「これはわたしが生きると決めた証だ」と。

今週の週刊ビックコミックスピリッツに掲載されていたホムンクルスに、女子高生が家のトイレで足を切って血を流すという描写がありました。次の掲載でどのように展開するのでしょうか。

また、よく行っている技術系のサイトで次の新聞記事が紹介されていました。
 記者の目 リストカットするあなたへ=小国綾子(夕刊編集部) (MSN-Mainichi INTERACTIVE)
 記者の目 リストカット…みんな一人じゃないよ 小国綾子 (MSN-Mainichi INTERACTIVE)


わたしは自傷行為という事をした事はありませんから、何故するのか、何故続けるのか、わからないのだと思います。自傷行為がなにかの『目的』の為の『手段』だとすると、他に『手段』はないのか、本当に切るしかもう残ってないのか!そう思ってしまうのが、理系の悲しみでしょうか。きっと聞いても分からないのかな。でも、分かりたい。

何が言いたいかというと、君が自分自身を傷つけている事に対して、わたしはやり場の無い悲しみを感じてしまうのです。それは「可愛そう」という同情心ではないと思うし、無力感なのでしょうか、わたし自身、その思いがどこから来るのかよくわからない。でも、きっと君はまた切るだろう、それがまた悲しい。


# 『リストカット』を『リスカ』と呼んだりするのは、『シャブ』『覚せい剤』を『スピード』、『売春』を『援助交際』、『薬を用法容量守らず飲む』を『オーバードーズ』『OD』などと言い換えるのによく似ていますね。言葉を変えるのは物事をぼやかすのに有効だからでしょうか。

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2004.05.24

「助けたい」という思いはおごましいのかもしれない。

最近、知ったことですが、わたしの長い友達がどうやら自傷行為、いわゆる『リストカット』をしているようです。いつからしているのかわかりませんが、たびたびしたくなるようです。それを知って、わたしは「自傷はよくない」と言い続けているのですが、どうやら効果は無いようです。

じゃあ、わたしに出来る事はなにがあるのでしょうか。・・・無いのかもしれませんね。

彼女は「どうしていいのかわからないからリストカットするしかない」と言います。そういう思考の袋小路が自傷行為に駆り立てているのかもしれませんが、自傷行為をしたところで、袋小路からは出れないと思うのですが、そういう論理的な思考力というのもそういう状態だと無くなってしまうのかもしれません。それが決して悪い事だとは言いません、そういう時って誰でもあるかもしれないからです。(少しの客観性があれば助かるのでしょうか)

そういう時にいつも思うのは、彼女のそういう行為を止めてくれるわたし以外の人を彼女は求めているんだろうなぁと思い、わたしには任務が無い、何も出来ない、そういう無力感に浸ってしまって何も出来ないのです。


ここに書いても見てくれているかわかりませんが、「○○をするしかない」という考えは多くの場合において間違っています。するしかないからと言って、愚かしい事をしてしまうのは、やはりよくないと考えます。本当にそれしかないのでしょうか。また、「なにをしたらいいのかわからない」のならば、なにもしなかったらいいじゃないのかな。別に常に何かをしていないといけないという事は無いと思いますよ。ほんと、もう少し軽く生きれたらいいのにね。それは無理なのかな。

前にも書きましたが、あなたが生きている事がわたしの日々を明るくしてくれているのです。

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2004.05.16

仕事より大事な事。

先日、大切にしている人の誕生日という記事を書きました。昨日、その人のお誕生日会をしてきました。もっとも、そんな誕生日が嬉しい年頃でもないのですが、久しぶりに会った人もいたり、もっと祝福すべきニュースがあったりして、とてもいいお誕生日会になりました。

本当は、とっても大事な仕事の割り込みが発生していたのですが、お誕生日会の方が予定が先だったので断りました。上司からは小言を言われたけども。わたしは大抵仕事に時間を割いてきました。その結果、得たものはなんだったでしょう。仕事が生きがいだとは思えなくなってしまった今となっては、もっと大切にすべき時間がわたしにはあるのではないかと思った結果での行動でした。(その後、わたしの体調がとても悪くなり、結果的に正当性のある行動になりましたが。)

とにかく、貴方に会えて本当に良かった。病み上がりでも元気そうな貴方が好きだ。

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どうやら、先日メールが無かったのは、風邪で寝込んでしまっていたからのようです。次の日にメールが着ました。知ってたら、看病に行ったのに。

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2004.05.13

これって愛ですか。

今日はわたしがとても大切にしている人の誕生日で特別な日です。誕生日が何故特別に思えるかという事に関しては以前に書きました。まぁ、比較的なだけですけども。

そんな大切に想っている方ですので、お祝いのメールを送りました。返事はいまだ無し・・・ _| ̄|○

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2004.02.03

Happy birthday to you!!

今日は、特別な日です。節分でもありますけど、豆もまかないし、巻き寿司も食べない。区切りとしての意識もないですしね。なので、そんなのはわたしには関係ありません。

じゃあ、何故特別な日かというと、わたしの友達の誕生日だからです。友達の誕生日が何故嬉しいのか。それは、きっと、数年前にあなたに出会えて、今、友達として付き合っている。そんなあなたがこの地球に人間として生を受けた日、それは、一年の中で他の日よりも素敵な日ですよね。

「誕生日、おめでとう」と、ともに、「生まれてきてくれて、ありがとう」と言いたい。
もちろん、誕生日な今日だけではなくて、明日、明後日も、あなたが生きている日々という事はわたしにとって価値があるのです。あなたと話したりすることでどんなにわたしが救われているのか。


わたしが好きな歌でTHE BLUE HEARTSのリンダリンダという歌があります。その歌詞の一部も引用しておきましょう。

世界中に定められた どんな記念日なんかより
あなたが生きている今日は どんなにすばらしいだろう
世界中に建てられてる どんな記念碑なんかより
あなたが生きている今日は どんなに意味があるだろう

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2004.01.15

バカなんだから、バカでいいじゃんかよぅ。

わたしが仲良くさせて頂いている女子高生がいるという話は、以前にしました。気になるような事を日記に書いてあったので、またここでレスポンスを。

あえて言いましょう。

べつにバカでいいじゃないの?

と、思う。だって、バカなんだもの。だから、その結果が志望校じゃなくても仕方が無いよ、バカなんだもの。

でも、それで悪いのかな?

正直、合格校のランク(このようなものがどういう水準で決められているかという事が問題であって、ランクというからには何かしらの基準から相対的な評価なんでしょうが、例えば、防衛大学と放送大学と東京大学、ランクが違ったとしても、それになんの意味が見出せるのか、それがわたしにはわからない)が低い事が悪いの?それが他人から悪く見られる要因になるってこと?わたしはそうは思わないからわからないけど、そういう世界があるというのでしょうか。しかしながら、そのようなものの価値がわからない、あるいは意味がないと思っているものからすると、別にどういうランク(だいたいどこの大学がどのランクなのかもわからない)かは問題ではなく、その人がその大学に入学して何をしているかという事に価値を感じると思う。わたしはそういう思考ですね。
逆に、合格校のランクに価値を感じる人は、それに価値を感じて欲しい人ではないでしょうか?
しかしながら、世間的には能力主義は加速しており、ランクの高い大学に行ってた事は大した問題ではなく、結局は結果でその人は評価されます。(例えば、スーパーフリーという事件がありましたが、有名大学に行っている人をみる場合に有名大学に通っているから賢いという定義はまず間違っているという証明になったと思います。)たとえ、『いい大学』を卒業していたとしても、仕事が出来なければじゃまだと思われますし、人間的に出来ていなければ人は離れます。
ここまで書いて、こういう事を書いたとしても、あまり効果的ではないのかもしれないなと、今、思いました。

正直、春から通う学校に関してはもうすでに決まった事なのでしょうから、その学校に行ってどういう事をしたいのかという事を考える方に向けば、いいなぁと思ったりしたのが、
単純な理由です。


わたしはあなた側にいると決めたのです。

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2004.01.11

快方へと。

先日、記事にした女子高生と久しぶりにメッセをしました。彼女はいろいろ考えているみたいでして、それに対してわたしが合いの手を入れるような会話をしました(と、わたしは思っていますが、思い上がりかも) このことが、彼女をいい方向へと導くきっかけの1つにでもなれればいいですね。少なくとも「気付く」という事は「気付かない」に比べれば、情報を得るという点でいい事だと思います。また、話したいですね。

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2004.01.06

見守りモードでいいのだろうか、と想う

もう2年くらいになるか、そのくらい前に知り合いになった女子高生がいます。初めて会った頃はそんなに彼女と親しくは無かったのですが、わたしがしつこく彼女に付きまとっていたせいか、今のような地位を得たとわたしは思っています。付きまとうと言ってもストークしているわけではなく、彼女から他の人が去っていってもわたしは去らなかったし、彼女が他人との関係を切っていっていてもその対象に入らなかっただけの事かもしれない。

わたしは彼女自身にいろんな可能性があると思っていますが、ただ、そういう投機的な目的だけではなく、彼女が時折見せる優しい面にもとても惹かれています。そういう意味で彼女が生きているという事はわたしにとって価値があるのです。

ちょうど一年前くらいでしょうか、彼女に変化が起こりました。その理由はわたしに知る由もありません。そして、今、彼女はがけっぷちに立っていると思えるくらい、精神的に追い込まれているようです。何故そうなったのか、分かりませんが、わたしが彼女から真に助けを求められた事は無いと思っているし、わたしが鈍感で気付かないだけなのかもしれないのですが、わたしは彼女のそういう状況に対して積極的に行動したことが無い、とわたしは思っています。

なんとか、彼女の助けになりたいとは想っているものの、彼女なら自分で乗り越えられるとわたしは想っているところがありまして、だからこそ、見守っているのですが、その事に関して彼女の事を知っている他の人間から非難された事もあります。だからといって、わたしが自発的に勝手になにかをするという事は間違っていると想っているので、何もしないのです。

ただ、1つ言えるのは、考えても結論が出ない事を考えるのは時間の無駄であって(ですが、その事が分かっていながら考えるという行為自体は無価値ではありません)、それが自分を追い込んでいるのであれば、あまりよくないですね。去年末のアントニオ猪木の番組のタイトルに『バカになれ』というコピーが入っていました。まさしくそのとおりで、自分はバカだと認識すれば今まで囚われてしまったいた事から放たれるかもしれませんね。

とりあえず、駄文をたらたらと書いてしまいましたが、そんな女子高生に読んで欲しくて貸してあげたい、買ってあげたい本、第一位はこの本です。

『あっかんべェ一休@坂口 尚』 講談社漫画文庫

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