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2004.01.10

偽善のココロ。

今日は仕事で会社にきていたのですが、その合間にWebを見ていて気になったニュースがあります。

<東尋坊>自殺思いとどまった人に励ましの手紙 神戸の中学生

日本海に面した福井県三国町の東尋坊での心中を思いとどまった男女が、帰途で「行政から冷たい扱いを受けた」などと書き残して命を絶ったことを知った神戸市西区の中学生たちが、自殺を思いとどまった人を励ます手紙を書いた。阪神大震災で教え子を亡くした教諭が指導。被災地の生徒らは「生きる希望を持ってほしい」と、「希望へのメッセージ」と名付けた。手紙を受け取った福井県警三国署は「署に置き、保護した人たちに『神戸の子どもたちが書いた手紙だ』と言って読んでもらい、力づけるのに役立てたい」と話している。
男女は昨年9月、同署員に保護された。説得され再起を誓ったが、東京への帰途、署員に手紙を残して自殺。手紙には、行政に「『死ぬならどうぞ』と言われた」などと、冷たい扱いを受けたと記していた。
「生きる」をテーマに総合学習に取り組む3年生を中心に、10人の生徒が呼びかけに応じた。「どんな言葉をかければいいのか」。悩みながら数週間かけて書いた。

ここで思うのは、まず、こういう事をしようと言い出す教師のこころが気になるとの、これに応じる生徒がどういう考えでやっているかの2つの点です。あと、こういうものを受け取った方がそれを維持する為のコストの問題が少し。わたしは、人の命は大切にするべきだとは思いますが、「死ぬならどうぞ」と言った行政と同じで死にたい人が自殺するのはその人の勝手だと思います。ただ、自殺するにおいて他人に迷惑はかけるべきではないと思いますので、そういう意味では今の日本ではどこで死んでも他人に迷惑をかけるかもしれませんから自殺なんて出来ないのかもしれません。電車への飛び込みなんかはもってのほかですし。そういううがった見方をすれば、説得した県警の署員はここで死なれては迷惑だと思ったから説得したのかもしれませんよね。
確かに人が死ぬのは悲しいことですが、それはわたしがその人と繋がりがあるから悲しいわけで、例えば、毎日どこか遠くの外国では人が死んでいるわけですが、悲しく思ったりはしません。わたしの知り合いが自殺しようとしているならば、わたしは説得を試みるかもしれませんが、全くの他人が東尋坊から飛び降りようとも別に止める気もないですし、説得するとしても言葉が見つかりません。説得ってその対象をある程度知っているからこそ、出来ることでしょうし。不特定多数に対して効果がある説得なんてどこまで有効なのでしょうか。

そういう事を考えて、「これってあなたたちのオナニーじゃないの?」と思うわけです。

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